村野健の日記

日記と日々思うことを書いていきます。必要だなと思ったことを書いていくようにしています。スイスが好きです。

95年の事件関係者の文章を読んで

先日、松本宇未さんや麗華さんの書かれた文章を読む機会がありました。そして、そこには、沈黙していたら、わたしたちは殺される、という記述があり、その内容に衝撃を受けました。彼女たちの身に何が起こったのか分かりませんが、20年以上経った今でも苦しんでいる様子が書かれており、その内容が印象的でした。

 

95年の事件はひどいものであったと思います。あのような行為は決して許されるものではないと思います。

 

また、そのような事件を契機に、皆が、事件と関わりのある人たちに、非難の感情を抱く事も分かります。そして、事件に直接関わった人たちが逮捕されるのは当然のことであると思います。

 

しかし、宇未さんや麗華さんは事件に加担したり、直接関わったわけではありません。そのように考えた時、事件と直接関わりのない人たちが、殺害される恐怖に怯えなければいけないのはどうなのだろうか、と思いました。

 

私は、95年のあのような事件は起こってはならない事だと思います。そして、派生した団体がいまだに存続していることには疑問を感じています。

 

また、20年以上がたった今でも、事件の被害者や関係者たちが苦しんでいる事実は、悲しい事だと思います。

 

 

「私の場合」事件当時は小学生であり、事件の様子をテレビで知りました。

 

ただ、当時は小学生でしたので、事件について深く考える事はありませんでした。

 

大人になってから事件のニュースを再び見る機会があり、その折に当時の出来事を思い出し、そのような事件があったな、と思いました。

 

95年は、阪神淡路大震災高速増殖炉の事故など「当時の出来事に関連させて」考えてみると、大変な年だったように思います。

 

宇未さんや麗華さんといった関係者の方々のつらい体験を読むと、「身に覚えのない因縁をつけられ、事件に巻き込まれたのだと思う」ので、大変だろうな、と思います。

 

ただ、世間の人々が加害者を非難し、その周辺の人達に否定的な気持ちをもつ事も分かりますので、そのあたりは難しい問題だと思います。

 

このように、どちらの思いも分かるのですが、少なくとも宇未さんや麗華さんの文章を読んでいる限りでは、20年以上たった今でも「犯罪を意図していない」関係者である彼女らが、つらい思いをしている事を知り、悲しい気持ちになりました。

 

その他にも、いまだに事件の後遺症に苦しんでいる方や、事件で命を落とされた方の親族が会見を開かれたり、派生団体が活動を継続していたり、事件を取り巻く様々な問題は続いており、そのような事を考えると、事件はいまだ終わっていないのではないか、と思いました。

 

「とても悲しい事件」でしたので、「このような事件が再び起こらないように祈っています」。また、この問題が一刻も早く解決し、被害者や周囲の方々が、新たな人生を歩んでいけるようになる事を祈っています。