村野健の日記

日記と日々思うことを書いていきます。必要だなと思ったことを書いていくようにしています。スイスが好きです。

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悲しい事件がありました。このような事件が起こらない事を祈っています。

 

 

 

最近、個人的な用途で日記を書いています。

 

日記を書く時、何を書こうか色々と考える事があります。日記は、手紙のように誰かに「文章を送るわけではなく」、自分だけが読むために書くので、文章が「外部に漏れる」事もなく、気ままに書ける所が利点だと思います。書く事がないと、何を書こうか「考えているだけ」で時間が経過してしまう事もあり、そのような点は難しい所だと思います。日記だからといって何でも気ままに執筆し「考えていることが筒抜け」だと「よくない」部分もあり、自分の考えを整理しながら、楽しかった出来事、反省すべき出来事を中心に、執筆するようにしています。

 

文章は、その人固有の所有物であり、「他人に干渉される事がないようにすべき」であり、まとめて大切に保管しておくと、後から読み返した時いいのではないかと思います。

95年の事件関係者の文章を読んで

先日、松本宇未さんや麗華さんの書かれた文章を読む機会がありました。そして、そこには、沈黙していたら、わたしたちは殺される、という記述があり、その内容に衝撃を受けました。彼女たちの身に何が起こったのか分かりませんが、20年以上経った今でも苦しんでいる様子が書かれており、その内容が印象的でした。

 

95年の事件はひどいものであったと思います。あのような行為は決して許されるものではないと思います。

 

また、そのような事件を契機に、皆が、事件と関わりのある人たちに、非難の感情を抱く事も分かります。そして、事件に直接関わった人たちが逮捕されるのは当然のことであると思います。

 

しかし、宇未さんや麗華さんは事件に加担したり、直接関わったわけではありません。そのように考えた時、事件と直接関わりのない人たちが、殺害される恐怖に怯えなければいけないのはどうなのだろうか、と思いました。

 

私は、95年のあのような事件は起こってはならない事だと思います。そして、派生した団体がいまだに存続していることには疑問を感じています。

 

また、20年以上がたった今でも、事件の被害者や関係者たちが苦しんでいる事実は、悲しい事だと思います。

 

 

「私の場合」事件当時は小学生であり、事件の様子をテレビで知りました。

 

ただ、当時は小学生でしたので、事件について深く考える事はありませんでした。

 

大人になってから事件のニュースを再び見る機会があり、その折に当時の出来事を思い出し、そのような事件があったな、と思いました。

 

95年は、阪神淡路大震災高速増殖炉の事故など「当時の出来事に関連させて」考えてみると、大変な年だったように思います。

 

宇未さんや麗華さんといった関係者の方々のつらい体験を読むと、「身に覚えのない因縁をつけられ、事件に巻き込まれたのだと思う」ので、大変だろうな、と思います。

 

ただ、世間の人々が加害者を非難し、その周辺の人達に否定的な気持ちをもつ事も分かりますので、そのあたりは難しい問題だと思います。

 

このように、どちらの思いも分かるのですが、少なくとも宇未さんや麗華さんの文章を読んでいる限りでは、20年以上たった今でも「犯罪を意図していない」関係者である彼女らが、つらい思いをしている事を知り、悲しい気持ちになりました。

 

その他にも、いまだに事件の後遺症に苦しんでいる方や、事件で命を落とされた方の親族が会見を開かれたり、派生団体が活動を継続していたり、事件を取り巻く様々な問題は続いており、そのような事を考えると、事件はいまだ終わっていないのではないか、と思いました。

 

「とても悲しい事件」でしたので、「このような事件が再び起こらないように祈っています」。また、この問題が一刻も早く解決し、被害者や周囲の方々が、新たな人生を歩んでいけるようになる事を祈っています。

ナチスの「ガス室による大量殺人」は、繰り返してはならない負の歴史だと思います。「被害を受けた」人々の苦しみは、大変なものであったのではないでしょうか。

誰か「ガスによる殺人」に「反対」する人がいなかったのか、当時の状況が分からないのですが、後世の人々は、こういった事が再び起こらないように、負の歴史を語り伝えていくべきだと思います。

最近は北朝鮮に関連して「大量破壊兵器」の問題も取り沙汰されていますが、「世界を壊すような兵器の使用」は「厳しく制限されるべきだと思います」。

ゴッホ展について

東京都美術館で、ゴッホ展が開催されています。それに合わせて、テレビでゴッホの特集番組が放送されたそうです。

 

その番組を紹介した記事がインターネットに掲載されていて、出演する吉岡里帆さんのインタビューも載っていました。

 

ゴッホの作品を見ると、エネルギーというか、そこに表出されている世界観に圧倒されるように思います。吉岡里帆さんは、その表現力を信じ込む力だと言っていましたが、確かにそうかもしれないですね。

 

ゴッホの絵を見ると、そこからは彼独特の世界を垣間見る事ができますが、実際にゴッホがどのような人物だったのか、何を考えていたのかについては伝え聞く事しかできません。しかし、ゴッホが絵を描くとき、どのような事を考えていたのかは、本人にしか分からない事なので、その時の心境を伺ってみたいですね。ゴッホというと、少し変わった人物という印象がありますが、ゴッホと話してみたい、と言っていた里帆さんは、いい人なのだろうな、と思います。

 

作品から派生して、作家や芸術家に思いをはせるのは楽しいことだと思います。ゴッホに限らず、芸術家の作品を鑑賞していると、作品を通じて作者と語り合えるように思える時があります。暖かい雰囲気の絵からは、絵に込められた作者の穏やかな気持ちが伝わってくるような気がして、言葉を超えた部分で、作者と語り合っているように思える事があります。言葉だけでなく、作品によって作者と話せるならば、それを通して「色々な事を話し合いたい」ですね。